2015年8月22日

舞台「転校生」

    19:00- ZEPPブルーシアター六本木

※メモなしで数日おいての反芻のため、場やタイミングの間違いなどが多数あるかもしれませんがご了承ください(^^;。

舞台は、センターの教室。左右の導入路、後ろ側の控えエリア(下手にはピアノ)からなる。
左右の誘導路の外側には、カメラエリア。スクリーンが左右に2枚ありリアルタイムで映像が映される。場によって演技の方向が違うが当然客席に背を向けて演技する場合もありその場合はこのカメラで表情などがスクリーンに映される。
これとは別にセンターの巨大スクリーンに台本が投影。基本は3段の同時多発。(書かれた当初のオリジナルは5段だったというからもう何が何だか...)
4場まであり、各場で時間と向きを90度変えての舞台演技となっている。

0場。
控えエリアとピアノでアップ。30分前に円陣。15分前10分前5分前にアナウンス。0場では、ピアノ以外にも、リコーダー、ピアニカなどの楽器、およびストレッチ、発声などを中心にアップが行われる。アナウンスは、控えエリア、センター教室、客席前通路で注意事項などがアナウンスされる。

1場。0430
転校生が教室に入ってくる。転校の理由と今やっている課題や推薦図書など。

2場。0730
午前事業合間の休憩。たわいもない会話。世界の高校生の現状その1.ぐっち結婚。フナの解剖の授業の話題。出産。平行して部活や文化祭、バイトの話。

3場。1030
昼休み。昼ごはん。
席は1030に向いているが、グループで机移動しての昼ごはん。
世界の高校生の現状。転校についての内面の思いなど。

4場。0130
放課後。クライマックス。明日はどうなっているか...。些細なことなのに何が起こるかわからない現状を認識する高校生たち...。


4場は控えエリアで涙を流す俳優さんが多数。若い子たちの感受性は、この戯曲をとても重いものとして受け止めている。観客は情報の洪水からそこまで直接的に受け止められた人は少ない。台本を読みこんだ俳優と初見でオリザ氏の同時多発(3段とはいえ)を見た人の情報処理速度の違いによるところが大きい。
が時間が経つにつれ些細な会話の中の幻と現実の曖昧さがしみてくる作品。
どうして、オリザ氏はこんな素敵な戯曲を書くことができるのか。当然何度も書き直して計算しつくされた台本とわかるのだが、それが本当に日常を切り取ったかのような自然さが出ている。
所々に藤が丘高校という部分を入れ込むために人為的(本広的な?)な演出が入るため微妙に思考を修正させられるが、これは映画「幕が上がる」から入った(いや、ももクロから入った)人たちに対する優しさなのかもしれない。まったく予備知識がない状態でこの舞台を観たら何が何だかわからない人たちもいるだろう所をうまく救済できているのだろう。

私としては、
見た直後の感想は「難しい...」だったのだが、時間が経つにつれ「高校生の日常をうまく表現している」や「日常がずっと続くものという認識を改めなければならない」という哲学的な思考にシフトしていったのが面白い。
高校の1クラスのたった1日を切り取った舞台の中に、さまざまなテーマが包括されていて、観た人、観た時の感受の仕方、によってまったく違う内容を読み取る作品。
もともと、オリザ氏の同時多発の舞台は、観る人によって賛否にバッサリわかれるほどとらえ方の変わる舞台なのだが、オリザ氏そして青年団のファン以外に本広映画ファンや、モノノフが観ることによってさらにとんでもなくとらえ方が広がった作品となっているだろう。
いまだに「舞台は難しいもの」「わざとらしい表現」「哲学的テーマ」という前衛的なイメージを持っている人が多い中で、ぜひ平田オリザ氏の戯曲の舞台は自分の目で観て回りの意見に左右されない自分の感想を見つめてほしいと思う。

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2014年4月 6日

相模原さくら祭り

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2013年12月17日

相模原ライズチアリーダースSuns

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